2011年 02月 16日 ( 2 )

ルーブ・ゴールドバーグのことファイナル(2)

さっきはミュージック・ビデオをとりあげましたが、それに限らず、本当はもっといろいろとあげて考えてみたいと思っているのです。そこにあるダンス、を。

Camping trip Disney Classic Cartoon

M.I.A. Galang

「ゴダール・ソシアリスム」予告

Hitchcock Strangers on a Train opening

Jacques Tati Playtime Window Cleaning

でも、ちょっときりがないので、別の話をしましょう。

「チェイン・リアクション」というものは、別に現代美術じゃなくても、ダンスじゃなくても、さまざまなところに存在しているなにか、と見るべきかもしれません。

会話とか。

お笑いとか。

昨年末は、スリムクラブが大きな話題になりましたけれど、ぼけに対してどう突っ込むかというのもまた、リアクションの連鎖という問題としてとらえることが出来るのかもしれません。彼らは、極端に「スローな仕方で受け答えする」ということをやってみたわけですけれど、それを以前紹介したゴールドバーグの漫画に出てきた「子犬が成長してしっぽが伸びる」といった極端にスローなぼけとして理解してみたら、どうでしょうか。


さて、ようやく、最後の理由です。
(なぜひとはルーブ・ゴールドバーグ・マシーンを見たがるのか?という問いに暫定的に答える試みをしているのです。)

(3)世界を異質なるものの生命の中継として見たいから

これは、最近行ったこのイベントを通して考えていたことなんですけれど。

遠藤一郎 Drive Photo Music the Movie

このイベントで遠藤一郎は、二日かけて東京から別府まで(おそらく)「未来へ号」で旅した模様について、正面と両方の側面に設置したビデオカメラの映像を編集し、コバルト爆弾αΩの音を重ねて、さらに本人の生解説をつけて、観客に紹介したのだった。およそ1時間。彼の「Drive Photo Music」というシリーズ作品では、これまで「未来へ号」での旅を通して遠藤が感じてきたこと考えてきたことを、車窓から撮った写真の上にエンジンオイルで文字を書くという表現が用いられてきた。それも悪くはないのだけれど、今回の表現方法は彼の思いを表現するさしあたり最良のものになったと思わされた。すごくよかったのだ。あれは、いろいろなところで、今後、上演し続けてほしい。なんというか、一緒に「未来へ号」に乗っているような感覚になるのだ。そして、彼の語りは、基本的には、よいこともわるいこともすべて、この世界で起こっている事実であり、それはすべて未来へ向かっているのであり、とくに目に止まるのは、道路や橋などが人間のつながりたい欲望に端を発して作られたのであろうということで、すなわち、彼のまなざしを通して見えるのは、車窓から見えるさまざまなものたちは、人間がその欲望を爆発させて作った彫刻のようなものであって、自然と絡み合いながら、そうした巨大な彫刻のようなものが、見るものをアッパーにしたりダウナーにしたりしながら、存在しているという社会を彫刻としてみるような見方である(彼が具体的に「彫刻」という言葉を口にしたかは忘れてしまった。彼の語りを聞きながら、ぼくのなかで浮かんだイメージかもしれない)。

ようするに、彼のまなざしからすれば、世界は、その部分と部分がつながり合って存在している、いわば「ルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」のようなものとして見えているのではないか、と思うのだ。彼は自分でペインティングするときには、細密な描写というものはあまりしないし、多くは文字ばかりであったり、抽象的な形象が伴うだけだったりするのだけれど、この映像は、彼のなかでもっともいわゆる絵画や彫刻という古典的な美術に近い作品のように思えた、しかし、もちろんそれは彼が描いたり彫ったりしているわではない、世界を作品と見たててそれを撮影して、それをもって自分の作品としているという次第。

世界を「ルーブ・ゴールドバーグ・マシーン」として見る。そんな視点、昨今、美術批評の世界でやたらと話題のRelational Aesthetics(関係の美学、つながりの美学)にも似ているけれども、ぼくはともかく、こうした点について、ぼくは遠藤にいつも教えられている気がしている。

あー、なんだか、どんどん「いわゆるダンス」から離れているように見えていると思いますが、大丈夫ですかー

ついてきてもらえてますかー

でも、

別府温泉の町中で乱暴な蒸気を吹き出しまくっているさまとか、横浜ベイブリッジの下にあるジャンクションへ向かうぐるぐると急カーブを描いてゆく道とか、さまざまなものがぼくにとっては、興味深い運動ではあるわけで、そうした表層的なところをとってみても、ダンスと別物と思わなくてもいいと思うんです。

あと、最後に、泉太郎の方法のなかにも多分に「ルーブ」的なところはあると思います。ぼくが巻き込まれた(?)「さまよう三つ子の魂」の上演なんてまさにそうでしょう?あれは、ぼくと泉が、ライブハウスの一部屋の端と端にいてメールで会話をするというもので、それぞれのメールの文面はスクリーンにディスプレイされているのだけれど、そのスクリーンには細工がしてあって、しるしがあちこちにつけられ、そのしるしのところになにかしら文字があたると(メールはひらがなだけ用いるというルールがあった)、自分の割り当てられた文字が出た観客は、ホラーっぽい照明のもとで写真撮影され、その写真がすぐさまスクリーンに映される、なんて「チェイン・リアクション」が仕掛けられていた。さらに、スクリーンには、ギタリストとピアニストへの指示もされるようになっていて、また文字と鍵盤やフレットが対応していて、ある文字がくるとある音を弾くといった仕方で「演奏」が同時に行われていたのです。さらに、ぼくはそんなのなかったんだけれど、泉は同じような仕掛けで、音を出したりいろいろしていたそうです(ぼくは泉の反対側で黙々と泉のメールに返信していたので、その詳細がまったくわからないままです)。

ある観客は、パフォーマンス中ずっとぼくの挙動を見ていたと話してくれました。なるほど、メールに返信するその身体がなにほどかのスリルを見る者に(ぼくみたいな身体であったとしても)与えることが出来ていたのかもしれません。どんなレスをするのか、そのレスをするときの身体はどんな状態になるのか、そうした、ある環境におかれた人間の姿を観察する喜びが、観客にはあったはずです。そうした人間がその場で即興的に作り上げる彫刻がそれ自体、あのときの作品だったわけです。
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by kmr-sato | 2011-02-16 13:46

ルーブ・ゴールドバーグのことファイナル(1)

おはようございます。See Dance 七日目です。

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昨日は結局、息子と遊んでいる間に時が経ってしまいました。夕方一緒にお風呂入ったり。「おかあさんといっしょ」見たり。

今朝は、雪のこともあって(写真は外の様子。八王子では15センチほど積もりました。さっき撮ってきたばかりですが、雪まだ溶けてない)昨日走れなかったので、今日は北野駅まで、iphone片手に。

その後、懸案だった夫婦読書会を決行。8:30から1時間(すごい身の詰まった午前だ!)。読むのは、ベルクソンの『笑い』。第一章から、ぼくが英語訳を読み、妻がフランス語をチェックし、林達夫訳を参照する。今日一番面白かった文章は、

「常に感じ易く、生の合唱に調子が合っており、あらゆる事件が感情的な共鳴をともなうようになっている心の人びとは、笑いを知ることもなければ、理解することもないであろう。」(14)

かな。笑い論なのに「生の合唱」を代表例として音楽を比喩的にも実際的にも取り上げることが多いベルクソン。

「ダンスしている人々が我々に直ぐさま馬鹿らしく見えるためには、ダンスが行われているサロンの中で、音楽の音に我々の耳を塞ぎさえすれば十分である」(15)

なんてあたりは、オーディオ/ビジュアルの関係(とくに映画とか)について考えたりした。まんま『アフロディズニー』的視点だけど、やはりこのあたり時代のものの考え方として興味深い。ちなみに、『笑い』は1900年の著作です。

と、大いなる脱線から始まりましたが、See Dance、今日も開催します。

ダンスが好きだ、ダンスを楽しみたい、面白がりたい、フィジカルにまた知的に。

でも、別に、ジャンルとしてのダンスに縛られる気もない。「ダンスだな!」と思えるものに執着して、その魅力の謎に少しでも(昨日よりも)迫れたらそれでいい。

自分の「ダンスを見るまなざし」を確認したいのです。

えーっと、いろいろと「それは、こういうわけで」と注釈を加えたくなりますが、飛ばします!

……

さて、ぼくは以前のエントリーで、
////////////////
なぜひとはチェイン・リアクションを見たがるのだろうか?

この問いに関して、暫定的ですが、解答を三点考えてみました。

(1)「生命」を見たいから
(2)異質なるものの生命の中継を見たいから
(3)世界を異質なるものの生命の中継として見たいから
////////////////

と書き、(2)の途中まで進んだと思います。その続きからはじめましょう。

Mia Doi Todd "Open You Heart"

を見たところまででしたね。あらためて、これ見てもらえるでしょうか。いかにも、ゴンドリーらしい作品。カラフルでかわいい。歌手が、家から出てくると彼女を追いかけるように世界が変化していきます。その変化をさしあたり、「ルーブ・ゴールドバーグ」的(かなり拡大解釈ですが)と見てみることにします。ここでは、色の連鎖が、同じ色とか補色とか、「チェイン・リアクション」として展開していると見ることができます。ゴンドリーの特徴と言えると思うのですが、日常のありふれた状況にちょっと手を加えることで、そこに日常では起こりえない出来事が、しかし、あからさま非日常(日常からの逸脱)ともいえない微妙な距離で展開していきます。

ありえないチェイニングがそのありえなさを保ちつつ、スムースにつながっているのがゴンドリーの表現だとしましょう。ところで、「チェイン・リアクション」系の表現では、この「ありえなさ」と「スムース」のどちらに力点を置くかで、起こることが変わってくると思われます。「スムース」により近づいているのは、例えば、こんな作品。

The Chemical Brothers "Star Guitar"

ただの車窓の景色のようですが、目に飛び込んでくる線路脇の小屋とか電柱とかがやたらと音楽に合っています。途中から気づくと思うのですが、これはCGなんですね。ああ、CGかー、じゃあこんなことくらいちょちょいのちょいだわ、と思ってしまいます(ここがスムースの魔法が脱魔術化され消極的な効果を生じさせてしまうところ)が、それでも、まあ音楽に景色がノっているみたいで、面白いは面白い。

と、考えると、やはりある程度の「ありえなさ」(異質なもの同士の出会い)がなければ面白くないということですよね。

これがひとつの結論なのですが、ちょっと脱線します。

さて、では、こういうのだとどうでしょう。

MGMT "KIds"

冒頭に、You Tubeのような枠が出てきますが、ビデオのつくりとしては、顔をペインティングした小ミュージシャンらしきメンツがパフォーマンスする合間に、音楽に合った(合わせた)ダンス映像がインサートされるというものです。

面白い、また現代的な映像だとも思います。
けれども、なんだか、ぼくはこの映像を見て、不満な気持ちになりました。
そしてなぜそう思ったのか、考えてみました。
ぼくの結論はこうです。

このMGMTはロックをダンスミュージック的に解釈しているバンドだと理解できると思うのですが、そのディスコ性、それがこの映像を生み出していると考えられはしないでしょうか。

ディスコ音楽は、あるベースになるリズムが鳴っていて、そのBPMに合うものであれば、たいていの音楽要素は、その上に乗せることができます。それはとても意外なものを持ち込んでくる場合でもそうです。そして、実際、この映像では、そうした意外なものの持ち込みが随所で起こっています。

それなのに、「ありえなさ」(異質なもの同士の出会い)を感じないのです。どんな要素も、折り目正しく全体のなかに吸収され、おとなしくなってしまっている、と感じてしまうのです。壁紙におどる図柄がどんなに突拍子のないものでも、案外静かにそこに収まっているみたいなことです。

ダンス(ダンスミュージック)・ベースで「チェイン・リアクション」を構想するとでてくるものは、そうした安定感をもってしまうことになるでしょう。(実は、こうした事柄を考えるときぼくがいつも思い出すのは快快のことです。「Shibahama」はまさにこうした状態についての演劇だったのではないでしょうか)

こうした点、息子と「おかあさんといっしょ」のOPを見ていたときに思ったのです。(笑)

あのOPでは「折り紙で出来たものたちが次々と変身してゆく」というイメージが展開されるのですが、紙ではなくCGで作られています。CGは「折り重なり」とか「さっきまでのかたちがべつのかたちへと変化した」といった重層性(奥行き性)や変容性を、あまりに美しく処理してしまうので、あまり実感としてその事態を受け止められないのです。こりゃ、子供の教育的にはどうなのかな、と思いながら見ています。

しかし、ぼくはOLDなのかもしれません。

新しい感性は、CGのなかに巧みに折り紙の性格を読み取るのでも、CGを折り紙として楽しむのでもなく、CG的表現をそのままそれとして享受しているのかもしれません。

その際生じている「チェイニング」に対する心の持ちようは、OLDなぼくのと相当違うものになっているはずです。

おそらく、ぼくの価値観でとらえていてもらちの開かない事態が起こっているのだろうなあと、思います。それでいて、ぼくは相変わらず、「ありえなさ」や変身に魅力を感じてしまうのですが。

(このあたりのことは、以前ちょっとだけとりあげたARなどをちゃんと考える必要があるということなのかもしれません。二次元と三次元の関係について、映像と身体の関係について)

と、脱線が長くなったので、(3)については、別エントリーにしたいと思います!
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by kmr-sato | 2011-02-16 11:12


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