「現代のアイドルとしてのAKB48」(4)

16               アイドルというと、これまではテレビや雑誌などのメディアを通してしか見ることの出来ない遠い存在であった。実在する人物であるのに、人々にとっては非現実的な存在として受け止められる。コンサートのチケットが取れたからと言って、大きなコンサート会場では、本物は肉眼ではほとんどよく見えない。だがその非現実感や距離感が、アイドルの良さであり、アイドルを、よりアイドルらしく輝かせていた。
 しかし、現代人が欲しいのは、リアルさである。テレビのバラエティー番組をつければ可愛いタレントやアイドルは幾らでもいて、彼女たちの「かわいい」のパターンはほとんど決まってきており、ワンパターン化しつつある。さらに言えば、完成された「かわいい」アイドルを見飽きてしまった感もある。テレビにアイドルが映ろうとも、メディアを通して見ることに慣れている現代人にとっては、記号的にしか映らないのである。インターネットが普及した今の時代には、現実感の無いものは響かない。現代人は、テレビに映る芸能人を見るよりも、芸能人たち本人が更新しているブログをチェックすることの方が頻繁になってきているようにも感じる。テレビでは明かされない、彼らの日常や、本音に興味があるのである。
AKB48は、こういった現代社会に沿う形でプロデュースされたアイドルではないだろうか。今までのアイドルと違うところは、秋葉原にあるAKB48劇場で、ほぼ毎日公演を行い、間近で本人たちを見られるということだ。そして、彼女たちは歌やダンスの経験がなくても、1~2か月のレッスンでデビューするため、公演を通して日々成長していく姿を見ることが出来るため、ファンとの距離感は公演を行う度に縮まっていくだろう。そして、13枚目のシングル曲では、選抜総選挙が行われ、上位の21名がシングル曲を歌うことが出来る仕組みになった。毎年行われるようになったこの総選挙では、ファンの投票によってAKBメンバーの順位が決まるため、ファンにとっては、自分の投票がメンバーの運命を握っているとも言える。そして発表される順位に喜怒哀楽し、より一層、メンバーへの愛着が湧くのかもしれない。
今や社会現象とも言えるほどにAKB48が時代の波にのっているのは、他のアイドルと違い、こういった日々の公演や選挙によって、ほかのアイドルには無い、密接なファンとアイドルとの関係や、メンバーへの思い入れが生まれるように構成されていることが、その要因の1つと言えるだろう。AKB48は、今までのアイドルたちが築いてきた形式立った素振りや笑顔の可愛さ以上に、自分が種を蒔いて育てた花のような可愛さを持ち合わせているのではないだろうか。

17               AKB48のコンセプトとして有名なのが「会いに行けるアイドル」である。AKB48劇場という専用の劇場で毎日公演を行うことによって、今まで遠い存在とされてきたアイドルを身近に感じてもらい、成長過程をみてもらおうという意図がある。このコンセプトに基づくAKB48とファンの関係は、今までのアイドルとファンの関係には見られなかった点がある。AKB48が行なっているあるイベントを例に挙げて考察していきたい。
各メディアに大々的に取り上げられ、AKB48の知名度を全国的なものとした選抜総選挙に注目したい。この選挙はファンの投票によって選抜メンバー、メディア選抜が選ばれるというものである。よってメンバーが歌えるか歌えないか、メディアに出られるか出られないか、決めるのはファンということになるが、この点は今までのアイドルとファンとの関係とは異なると感じる。今までのアイドルを応援する手段はCDの購入、ライブの参加が主であり、アイドルが自身のパフォーマンスをファンに与えるといった、ファンが受動的になる関係性を両者は築いていた。しかし、AKB48とそのファンの場合、ファンの投票はメンバーそれぞれの活動の範囲や内容に直接関与してくる。ただ公演を見ることによって身近に感じるだけではなく、メンバーの活動に意見を言えることでも身近に感じられるのでないだろうか。そしてアイドルがパフォーマンスを与えるだけではなく、それを見るファンもそのパフォーマンスやその内容に直接関与することでファンも能動的になっていると考えられるのではないだろうか。
近年、パフォーマンスを与えられるだけであった観客が共にパフォーマンスに参加したり関与したりする風潮が至るところで見られると私は思っている。パフォーマンスという非日常的な世界を傍観するだけでなく、その世界に自分も身体ごと入ってしまうのだ。例えばAKB48の公演でも見られる合いの手である「ヲタ芸」は観客も共に歌い、合いの手を叫ぶことで身体ごと参加していると言えるだろう。またアイドルとはまた違ったジャンルで、アメリカから日本に上陸し人気を博している『ブルーマン・グループ』だと観客がステージに上げられ巻き込まれることもあるそうだ。
このようなことを考えると現代のアイドルとしてのAKB48は、そのファンがどのメンバーにメディアに出てほしいか、歌ってほしいかを直接意見が言えるという、近年の「パフォーマンスと能動的観客」という関係性をおおいに語ることのできるものであると感じる。

18              現代のアイドルとして観たAKB48とは。それについて考えると、私がまず念頭にくるのはやはり「キャラ化」や「アイデンティティー」という単語である。これはAKBだけに見られる特性ではなく現在活躍しているアイドル、芸能人に見られる共通した特性ではないかと私は考えている。今まで、芸能人やアイドルと言われて思い浮かぶ単語は「綺麗」や「かわいい」「格好いい」といった外見的特性のみだったが、近頃はそれだけではないように思える。同じ「可愛い」「格好いい」という単語でもその意味が違ってきている。違ってきているとは具体的にどのような点でということを説明するのにいい一般例がある。「雰囲気、格好いい(イケメン)or可愛い」よく使われるこの言葉の「雰囲気」という所だ。初めは「服装」や「髪型」によるお洒落さによって格好良く、可愛く見えるという意味で使われてきたが、今は、文字通り「雰囲気」、その人の放つ言葉や性格の魅力を示しているようである。これに「可愛い」「格好いい」の変化は準ずるものではないかと私は思う。要は、外見<中身といってしまうと極端であるが、更に細かく定義するならば、視覚情報より個性を優先する世の中になりつつあるということである。ただの流行ではなくこれは、「ゆとり教育」が施行された頃から少しずつ浸透した新しい思想でもあるだろう。「個性」を要求された私たちはいつの間にか他人にも「個性」を要求するように、渇望するようになっているのかもしれない。そのように考えればまさに、AKB48は生まれるべくして生まれるべきアイドルといえよう。「被る(現代の若者が最も畏怖している)」ことのないキャラは「個性」を求められ、渇望している私たちにとって羨望するものであり、必要不可欠なものでもある。もしかしたら、AKB48の「キャラ」は参考に自らの「キャラ」を作る材料になるかもしれない。「○○になりたい」という言葉も「○○(キャラ)になりたい」と言い換えることは可能だろう。一昔前の「○○のようにスレンダーな体型になりたい」という意見は今では少数派なような気がする・・・。

19               AKB48が国民的人気に発展した要因を三点挙げるとするならば、まず、グループであるという点が挙げられる。現代のアイドルはグループという形態を取っていることが多いが、グループの場合、「この中で誰がいい?」という会話になりやすい。その結果、自分で好みの対象を選ぶという行為を行うことによる満足感、更 にはわずかにインボルブメント効果も起こしていると考えられる。インボルブメント効果とは、自分の関与したものを好きになってしまうという心理作用のことで、今までAKB48に興味がなかった人がこのように一人を選ぶことによって、AKB48との関わりができ、結果としてAKB48に興味を抱きやすくなるのだ。これはソロアイドルでは生まれない効果であり、グループであることの利点といえる。
 次に、接触回数が多いほど親近感が増すというザイオン効果を用いている点が挙げられる。現代的な媒体であるYouTubeの公式チャンネル、メンバーによるブログだけではなく、「会いに行けるアイドル」としての劇場での公演、握手会など、様々な場面でザイオン効果を用い、ファンにアイドルとの距離が物理的にだけではなく、精神的にも縮まったように感じさせているのだ。
最後に、アイドルとファンの共感という点が挙げられる。AKB48はメディアを通した遠い存在だったアイドルを身近に感じ、その成長していく過程をファンに見てもらい、共に成長していくアイドル・プロジェクトであり、一ファンである自分もそのプロジェクトメンバーであることを感じる演出がなされているのだ。その演出である選抜総選挙では、選抜メンバーを目指し頑張る アイドルの目標を叶えられるのは自分の一票なのだと感じるため、結果が出た時の嬉しさや悔しさをアイドルとファンは共有できるのだ。それが成立するのは、アイドルとファンの距離の近さによってであり、一ファンである自分が応援しているアイドルの力になれているのだとより感じることができるからこそ、アイドルとファン の間に共感が生まれるのだ。

20                AKB48と少女時代 ~日韓の民族性、音楽事情の比較~                                     
                  音楽番組を見ていて違和感を感じる時がある。ライブで歌を歌っている時ではなく、予め録音した音源に「口パク(「かぶせ」と呼ばれ、録音した音源を流した上で生歌を歌いマイクのボリュームで調節していることもある)」で歌を披露している時だ。
モーニング娘の後藤真希が体調不良でコンサートを退場した際に流れていた歌声。ミュージックステーションでジャニーズの山下智久がマイクを落とした時も何事もなく歌が流れていたように、辻褄の合わない事や不審に思う根拠等、しばしばファンの間では議論が巻き起こる。
「口パク」については、J-POPのみではなくマイケル・ジャクソンやマライア・キャリー等の洋楽の歌手、K-POPの歌手にも見られる事例である。以前は「テレビ局の音の環境が悪く生では歌えない」という意見もあったようだが現在ではその点も改善され、「激しい動きをしながら歌のクオリティを保つ為」等の理由でなされているようだ。
「口パク」関しては賛否両論があり、「歌手なのだから生で歌え」という意見、「(アイドルが)容姿で魅せる為ならば歌のクオリティは落としてもいい」という意見様々だ。ファンの中でのこの二者の対立は全てに共通して見られることと考える。
日韓の女性アイドルグループであるAKB48や少女時代も「口パク」をすることがある。しかし、韓国の音楽番組では以前「口パク」が問題として取り沙汰されて以来、生歌である時は画面上に「Live」の文字の表記、そうでない時は何もないというのが大きな違いとなっている。生歌披露にこだわる番組もあればそうでない番組もあるが、視聴者はそれがどちらなのかすぐに判断つくようになっている。
こういった白黒はっきりさせたがる所は韓国人の国民性とも言える。更に少女時代は曲中にほぼ9人のメンバー全員のソロパートが見られるが、AKB48はAメロやBメロであっても複数で歌うことが多い。
同時代の二国でそれぞれ人気を集めた2グループには、音楽業界事情以外にも人数、曲構成、ダンス等に違いが見られる。選抜メンバーと言えども10数名が横一列に並ぶような活動をしているAKB48には、個人の意思をはっきりと示さずに群れたがる日本人の姿が重ねて見えるような気がする。
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by kmr-sato | 2011-05-11 05:57


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