講義がはじまった。

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大学での講義が先週からようやく始まった。

四月の大学業務が始まらない20日間くらいは、本当につらかった。なにか強制的に引きこもりさせられているような、息子とEテレ見ながら、ずる休みして小学生が見ているみたいな気持ちになっていた。講義は、ゼミを除けば、4-7月の間で、だいたい50回くらい行う。90分ワンセットのおしゃべりが50回もできるというのは、なかなか嬉しいことだ(ぼくはずいぶんおしゃべり好きなのだと確認)。しゃべることは(こんなこと言うと学生の皆さんには申し訳ないが)、ぼくにとってかなりの精神的「デトックス」効果があるようで、この二週間でとてもすっきりしてきた。

学生のなかには「ブログ読んでますよ」と言ってくれるのもいる。でも最近更新してないものだから、「震災後に、先生なに考えているのかとアクセスしたが全然更新されない」と言われてしまった。「ブログ含め、とくにtwitterみたいな情報の洪水に巻き込まれるのも、ひとを巻き込むのも嫌だったから、ネット上に全然書けなかった」と返事した。本当に、そういう気分だった。

できたら、ブログを毎日とは言えないけれどある程度頻繁に更新していこうかなと思いますが、そう思ったのは、最近、このブログ、誰にも読まれていないような気がするからで、読まれていないなら、むしろどんどん書いていこうかなと。twitterの世の中に、隠れて、ブログする、と。ひそひそ声で、ダンスのこと、その他アートのこと、身の回りのこと、書いて行きます。

昨日は、「夢ナビ」から取材を受けた。大学ではぼくの学生時代では考えられないくらい精力的にオープンキャンパスが行われているけれど、これは大学講義の見本市というか、さまざまな大学から教員たちを集めて、ビッグサイトで講義をさせるというイベントなのだ。教員もパフォーマーであることが求められる時代になってきたということか。30分の講義を準備しなければならないのだが、「30分」しかないので、これは思い切って、早口ラップでもつくってみようかな。

さらに昨日は、取材の後で、3コマ講義を行った後、新百合ケ丘に。「サブロ・フラグメンツ」。とても面白く、新鮮に見た。腕を猛烈な早さで振り回しているさまには、「人力ロイフラー」という言葉が浮かんだ。トリアディックバレエを連想させる場面もあった(ぼくにはそう見えた)。「人力」状態がいいなと思わされた。映像の時代、情報の時代に、あえて「人力」、でもそれがそれであるが故に面白い、そう思わせるところに「ダンス」がいまもちうる最大の長所を見たくなった。「眼の前でひとが猛烈に腕を振り回している」というただその事態に、特別な価値をみとめるべきではないかと。ところで、終幕近くの、床に照明で白いラインが縞状に引かれ、そこにちょこんと体育座りしたり、横になったりしている場面は、どうしても「震災のメタファー」に見えてしまったのだけれど、そして、プログラムの文章からも、そういう読みを促すような箇所(3.11以後に内容を変更したという)があったのだけれど、こうした表現をぼくはいいともわるいとも判断ができないままでいる。震災後しばらく、テレビを消すわけにも行かないけれど、見れば不安になり、はがゆくなってしまうというあの気分にちょっと近いものがあるのかもしれない。震災を無視できないという状況は、でも、積極的に捉えれば、新たな、なにかフレッシュな表現を生むきっかけになるのかもしれない。「戦後文学」みたいに「震災後芸術」とでもいうしかない表現の状況にいまあるのかもしれない。

あ、明日で40だ
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by kmr-sato | 2011-05-07 06:29


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